2007年12月13日

子供の頃 その2

球技にいたっては全くダメでした

少年サッカーが有名な学校だったので、運動会と別にサッカー大会というのがありました
サッカーは、なんとかなっていました
いえ、なんとかなっていると自分で思い込んでいました
とにかく、時間中走り回っていればなんとなく参加したような気がして・・
作戦会議があるわけでもないのですが、なんとなくチームで役割が決まります
私はディフェンスよりのMFでした
もちろん、そこが適任だった訳ではありません
だいたい、こんな言葉30歳を過ぎるまで知りませんでしたから・・
ただ、「前の方はうまい子達がシュートするところ」
「後ろは相手チームのうまい子のドリブルを崩さなきゃいけないところ」
だから、前と後ろ以外をぐるぐる走って、ぜいぜいして、それで参加した気になっていたのです

ドッジボールもそんな感じ
どのみち最初の方で当てられてしまって外野に出るのですが
外野でボールをとっても、近くのうまそうな子にパスをしておしまい
そのパスも素早いパスなら良かったのですが・・・・

やがて脚力だけは伸びてきました
これは、父からもらった体と、母の忍耐のおかげです

父は中学校時代の100m走の地区の記録が、30年だったか破られなかったという
スポーツ万能の運動神経と身体能力を持っていました
兄も運動が得意だったので、この子だけダメなはずがないと母は思ったのでしょう
何年も運動会のシーズンになると、家の前の道で私を走らせました
おかげで、6年生のときはリレーの選手にも選ばれました
1人抜いたような記憶があるのですが、もしかしてバトンでミスして抜かれたのを
カバーしただけかもしれません
だって、脚力以外の身体能力は相変わらずダメでしたから・・・

垂直とびはクラスでナンバーワンだけど、サッカーのボールリフティングも
バスケでドリブルが続く時間も、みんなビリのほうでした


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posted by ラテンでアロハな社長 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ごあいさつ・こんな私です | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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