2008年05月25日

今日は、母と昼食をとりました

食後のお茶を飲みながら、母は自分の来た道を振り返ってこんな話をしてくれました

ある日、実家の坪庭にある竹を眺めていた時のこと
ふと竹の節のところに目がとまりました
そして、自分の、家族の人生の節ともいえる出来事に思いをはせていたそうです
しばらく、見つめているうちに彼女は気がつきました
竹は、節のところで、わずかながら曲がっていることに・・・

彼女は、自分の気づきに思わず涙してしまいました

節があれば、曲がってしまうこともある
いや、曲がっていいんだ そういうものなんだと
涙を流しながら、すっと楽になっていくのを感じました
しばらくの間、後から後から涙が出てくるのを、抑えることができなかったそうです

思い出して、涙が出そうになるのをこらえながら、母はそんな話をしてくれました

竹が節のところで曲がっているなんて、私には初耳でした
その、新鮮な驚きとともに、母の達観を少しわかったような気がします

私たちは竹というと定規で測ったように真っすぐだと思っています
言い換えれば、竹は、真っすぐであることを期待されているのです
でも、そこには節があり、そこで曲がっている場合もあるのです
正確に言うと曲がっているのではなく、その時の自分が正しいと思う方向に
まっすぐ伸びているんじゃないかと思います

今、私も人生の節目にいるように感じています

私もまっすぐに
自分にまっすぐに生きていきたいと思います


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posted by ラテンでアロハな社長 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 こんなこと考えてます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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